100万円以上

1000万円投資して、じっくり熟成させたらニートが錬成された件

私たちは

「お金を使えば、まったく使わないよりも、より良い結果を作り出すことができる」

と思い込みがちです。

 

しかし
お金をたくさん費やした結果
より悪い結果になってしまうことも、よくあるようで・・・。

 

 

僕の高校時代の友人Aくんは
成績優秀で、クラスでは常に総合成績3位以内に入っていました。

もちろん
ほぼ無遅刻無欠勤、素行も良し。

 

大阪の高校でしたが
都会に憧れを持っていた彼は
東京の、誰でもその名を聞いたことがある有名私立大学に入ることになりました。

「大学入ったら、とにかく彼女を作って遊びまくるぞ!」

とはしゃいでいたのを今でも覚えています。

 

東京の大学へ通うので、もちろん1人暮らし。
親からは、毎月生活費として10万円の仕送りがあったそうです。

4年間で、およそ480万円!

 

学費の詳細はわかりませんが
私大文系の4年間の学費の平均は、約400万円だそうです。

彼は経済学部だったので
おそらく、この平均くらいの学費だったと思われます。

 

帰省の際の交通費などももらっていたそうなので

いろいろあわせると、4年間で約1000万円の援助を受けていたことになるでしょう(  ゚ ▽ ゚ ;)

 

親からの愛情とお金をたっぷりと注ぎこまれ
4年間、しっかりと時間をかけて熟成したAくん。

卒業後
どのような進路を選んだかというと・・・。

 

なんと

 

ニート( ̄◇ ̄;)エッ

 

どうしてこうなった( ;∀;)

大学は「ブラックボックス」である!

大学は「社会人育成機関」ではない!

勘違いをしている人が多いようですが

大学とは

「立派な社会人を育成する教育機関」
ではありません。

 

あくまでも

自由に勉学に打ち込める場所」

でしかないのです!

 

「自由」とは

「何をしてもかまわない。
そのかわり、その結果起きたことに対しては本人が責任をとる」

ということです。

 

学校を勝手にサボると
先生から親に連絡がいきますよね?

なので、勝手にサボるのは難しい。

 

でも、大学は
授業をサボったからといって、先生(教授)から親や本人に連絡がいくことなんてありません。

だって
「授業を受けるのも、サボるのも本人の自由」
だから。

 

たまに、ものすごく優しい先生は
3回連続でサボると、メールをくれることがありました。
それくらいの感覚なのです・・・。

 

その上、1人暮らしなら
ずーっと家で寝てても、親にも怒られません。

 

「ラッキー!」
と思うかもしれませんが

そんなことを続けていたら、いつか責任をとる日がきます。

「単位を落として留年(または退学)」

です。

 

大学は自由を尊重する場所ですから
「起きた結果に対してはシビア(救済措置などはまずない)」
です。

中学までなら義務教育で勝手に卒業になるし
高校も、担任の先生がなんとかしてくれるかもしれません。

でも、大学では
一度起きた結果をひっくり返すのはほぼ不可能なのです・・・。

 

ということは
やっぱり大学はマジメに通わないとだめなんだね!

 

ところが
そうでもないのが、大学のオソロシイところ・・・。

 

科目によっては

「全期間の半分だけ出席し、最後のテストでそこそこの点をとれば合格(テストも作文のようなものだったりする)」

という、とってもハードルの低いものも結構あるのです。

 

「どうせ単位なんかとっても、ちゃんとその科目の知識を得たという証拠になんかならない。
大事なのは自主的にその学問を追及していくことだ。
だから単位をとるためのテストなんか、テキトーでかまわない!」

 

と、以前僕がとった科目の教授がはっきり言ってました。
決して手抜きをしているんじゃないんです。

その証拠に
教授は、たくさん質問してくる生徒に対しては、授業後何十分も、個別に解説などをやっていました・・・。

 

そう、トコトン「自由」なんですよね。

「サボる自由」もある!けれど・・・

自由であるがゆえに
サボろうと思えば、とことんサボることができます。

 

Aくんは
1年生のときから授業はサボりがち。

2年・3年になったら
朝寝坊は当たり前。

授業が詰まってる日なのに
ついつい、丸1日寝てしまった日もあったそうで。

 

1人暮らしなので親の監視もなく。

しっかりと、ニートになるための訓練を積んでいたようです・・・。

 

こんなグータラ生活でも
進級のために必要な単位は、ほどほどに頑張ればとれてしまいます。

 

結局
4年生になってもグータラ癖は抜けず。

たいていの場合
3年生の時点で必要な単位はほとんどとれてしまうため、卒業論文製作や就職活動をしてないとほとんどヒマなんです・・・。

 

就職先が決まらないまま卒業となり
大阪にニートとして戻ってきてしまったとのこと・・・。

 

サボる自由を十分に使ったAくんですが
その代償は、とても大きかったようです・・・( ;∀;)

一定のものが出力される「ブラックボックス」

昔、何かの本で

「大学はブラックボックスである」

という言葉を聞いたことがあります。

※ブラックボックスの図。Aという物質を入れると、箱の中の仕掛けで加工され、Bという製品が出てくる(中の仕掛けがよくわからないのでブラックと名がつく)

 

ブラックボックスとは、ビジネスなどで使われる言葉で

「中身は良く分からない(あるいはどうでもいいので気にしない)が、あるものを入力すると、一定のあるものが出力される箱」

のことをいいます。

 

たとえば

箱の中にAという物質を入れると、Bという製品が出てくる。
箱の中にCという物質を入れると、Dという製品が出てくる。

という機械のようなものと思えばいいですね。

 

ポイントは

「Aを入れると、必ずBが出てくる。
Aを入れて、Dが出てくることはない」

という考え。

 

これを大学にあてはめると

「勉強熱心・目的意識が高い人を大学に入れると、立派な社会人が出てくる」

「やる気・目的意識のない人を大学に入れると、ニートが出てくる」

 

スバリ、Aくんは
「大学のブラックボックスの法則」に思い切りはまってしまったといえるのではないでしょうか?
(1人暮らしでそうなってしまった部分もあるでしょうが・・・)

 

もちろん、人間は製品ではないので必ずこうなるとは限りません。

 

僕が言いたいのは

「大学という箱に入れれば、必ずしも良いものが出てくるとは限らない」

ということです。

「とにかく大卒」はもうオワコン!

かつては
「大学にさえ入れば、良い会社に就職できる」
という考えが根強かったため

「誰でも、とにかく大学という箱に詰め込めばなんとかなる」

と思われていました。

 

しかし、Aくんのように
大学に入ってしまったばっかりにニートになってしまうケースもあるし

そもそも現代では
「良い会社に入る」
という事自体に、もう無理があるのです。

 

その辺の詳しい話は
この記事で解説していますので、気になる方はどうぞ( ^∀^ )

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その後
Aくんがどうなったかは、よくわかりません。

時々、ニュースで彼の名字を耳にすると
一瞬ドキッとしてしまう、悲しい自分がいます(´;ω;`)

 

彼のお母さんは

「これなら、高校を出てすぐに仕事をさせればよかった。
そのときならまだ規則正しい生活スタイルが染みこんでたし・・・」

と嘆いていました。

 

それが正解だったかは分かりませんが

「とりあえず大学に行かせればよい」

で、うまくいくとは限らない
ということは言えるでしょうね・・・(´;ω;`)

 

1000万円を投資して
4年間じっくり熟成させて、ニートが出来上がってしまうとは・・・。

おまけ:小中高はブラックボックスであるべきか?

大学はブラックボックスですから

「入った時点の人間性で、卒業時の結果が決まってしまう」(傾向が強い)

のが大きな特徴です。

 

いっぽう
義務教育の小学校や中学校ではそんな風には考えません。

それだと

「小学校に入った時点で素行の良くない子は、自動的に将来グレてしまう」

ことを許すことになるからです。

 

なので、義務教育では

校則というルールや、授業や行事などの集団行動を通して
「矯正(きょうせい)する」ことを重視します。

素行の悪い子も、優秀とは言わずとも
「普通にみんなと仲良くできる子」に矯正するわけですね。

 

世の中にはヘンテコな校則があって、それ自体が批判されることはもっともですが

「校則で子供をある程度縛り付ける」

という方向性自体は、決して間違いではないと思います。

 

「今の学校教育では、子供の個性が失われる」

これも
「矯正を施して、社会で暮らしていける人間を育てている」と考えれば、100%間違いとは言い切れません。

明らかにおかしい部分は、ネットの声などを通じて批判を受けて修正されていく・・・。
そんな時代が近づいているように思います。

 

 

高校は義務教育ではないですが

「矯正」の義務教育から、一気に「自由」を得られる大学教育(や社会人生活)に向かうと混乱する人も多くなると思います。

 

なので、そのクッション的な役割として

「義務教育ほど縛りはないが、ほどほどに矯正が加えられる教育機関」

として、存在していたほうがいいんじゃないかな?